電車のドアが開き、
ローマの空気が流れ込んだ瞬間、
胸の奥がふっと軽くなった。
ああ、来てしまった。
私、
ついにひとりでヨーロッパに降り立ったんだ。
今回の旅行で予約していた宿は、初日のホステルだけ。
そう、ローマの初日一泊分のみ。
他はその場の気分で決める“勢い頼り”の旅。
スケジュールに左右されない旅を選んだ。
今思えば無謀とも言えるが、
その無謀さこそが当時の私を支えていた。
私を虜にした。
Pocket Wifiを持たぬ旅
そして、
もっと無謀だったのはPocket Wi-Fiを持たずに来たことだ。その時の私にはWifiを理解していなかったのだ。
いまなら「信じられない」と声をあげそうだが、
当時の私は
“まあ、スクショあればいけるでしょ”
くらいの軽さだった。
Roma Termini駅からホステルまで徒歩3分のはずなのに、
なぜか5分も10分も歩いた気がする。
スクリーンショットは地図の細部が粗くて、
道の角度もよく分からない。
曲がり角ひとつが、まるで冒険の選択肢のようにドキドキする。
外国の雑踏の音は、日本の雑踏より少しだけ大きく聞こえる。
きっと私が緊張しているだけなのだろう。
HOSTEL体験
やっと見つけたホステルは、
小さな看板と古い木の扉が目印だった。
チェックインを済ませて部屋に入ると、
そこには2段ベッドが3つ。
10代後半から20代前半らしき彼女たちは、
ヨーロッパを旅している最中らしく、
まるで“旅する青春”の象徴だった。
私はその光景を見た瞬間、心の中でシュルシュルと自分が縮んでいく感覚を覚えた。
若く見える日本人。
けれど、その時の私は心が追いついておらず、
「場違い感」が体の輪郭を曖昧にするようだった。
だから私は、荷物もロクに広げず、そそくさと街に出た。
外に出ると、ローマの空気は夜の始まりを迎えていた。
歩きながら、ふと目に入った外にもテーブルが並ぶレストラン。
私は何が書いているかも分からなかったが、
知っている言葉が並ぶピザを指差しで注文し、
外のテーブルでひとり頬張った。
……衝撃だった。
薄くて香ばしくて、トマトの酸味がじゅわっと広がる。
その瞬間、ハートを撃ち抜かれるみたいに思った。
あ、私。アメリカンピザよりナポリピザが好きだ。
旅の中でこんな“嗜好の気づき”があるなんて、思ってもいなかった。

宿に戻り、翌日の予定をiPhoneに書き込む。
地図を眺めながら「ここ行きたい」「これ見たい」とスクショ。
その場で次のホステルも予約した。
少しずつ、“ひとり旅をしている自分”に身体が馴染んでいく。
翌朝。
私はすべての荷物を背負って街に出た。
バックパックのベルトを締めると、背中に旅の重さが吸い付くようにフィットする。
気持ちがぎゅっと引き締まり、視界が明るくなる。
世界遺産をひとつ見ては立ち止まり、
「ほんとうに来たんだ」とじんわり実感する。
ローマの街は写真よりずっと広く、色濃く、ざらついていて、
どの建物にも長い時間の影がのびている気がした。
歩く、
歩く、
ただ歩く、
でも上を見て歩いている。
ただ見る、
ただ感じる、
ただ口に甘いキャンディを転がしながら味わう、
それだけで胸がいっぱいになる。
海外一人旅って、こんなに静かで、こんなに豊かなのか。
海外旅行でキャンディをGIFTする機会は多い。言葉にならない感謝を伝える時など。だから日本のとっておきのキャンディは欠かせない。
そう思っていたその時——
私の心を今も離さない出来事。
遠くから、爆音のような音楽と歓声が聞こえてきた。
まさか、イベント?
近づくと、そこには想像をはるかに超える“自由の渦”が広がっていた。
ローマLGBTQプライドパレード。
とにかく、色が多い。
音が強い。
笑い声が空に跳ね返るほど大きい。
キラキラの衣装、ハイヒール、虹色の旗、光るフロート。
知らない人たちの喜びが、街中を溢れ返るように流れていた。
私のテンションは、一瞬でMAXになった。
踊りたくなる。
脱ぎたくなる。
叫びたくなる。
ビールを浴びたくなる。
そんな衝動が波のように押し寄せる。
あのときのローマは、私の心を解き放った。
人が自分の“好き”を全身で表現し、
それを誰も否定しない光景。
胸の奥で何かが弾けた。
——もっと自由でいいんだよ。
——もっと自分らしくていいんだよ。

10年経った今でも、あの夜の光と音と熱は鮮明に蘇る。
外国の街で、一人で、誰も知らない場所にいて、
それでも確かに“私は私のままでいい”と感じた瞬間だった。
これが、私の一人旅のたった2日間の出来事。
でも、たった2日で人生の“温度”が変わることがあるのだ。
旅とは、そういう“境界線の向こう側”に連れて行ってくれる存在なのだと思う。
