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「誰が一番稼いでいるか」
この問いに、私たちはあまりにも簡単に答えすぎている。
給与明細に書いてある金額。
口座に振り込まれる数字。
それだけを見て、「この家を支えているのは誰か」を決めてしまう。
けれど、もし――
家庭という場所を一つの“経済圏”として見たら?
もし、家事と育児を“労働”として扱ったら?
私はそれを、感情ではなく、数字で出したくなった。
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家事と育児は、仕事と同じ価値なのか?
まず決めた前提は一つだけ。
家事と育児は、夫婦それぞれの仕事と価値が同等である
なぜなら、
仕事が「疲れる」のと同じように、
家事も育児も「疲れる」。
仕事が「評価されたい」のと同じように、
家事も育児も「感謝されたい」。
互いの価値を認め合って結婚したのだから、互いの価値は全て同等だ。
満足度も、不満度も、同じ。
ならば、価値も同じだと考えた。
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時間を洗い出してみた
次にやったのは、
「どちらがどれだけやっているか」を
気持ちではなく、時間で数えること。
結果は、正直、想像以上だった。
• 育児と家事の合計時間
【育児】
平日5日→夫30分 妻150分
休日2日→夫120分 妻360分
育児1週間合計
夫→390分
妻→1470分
【家事】
平日5日→夫0分 妻640分
休日2日→夫0分 妻700分
家事1週間合計
夫→0分(0ではないと思って400分にしてみる)
妻→4600分
【育児と家事】合計
夫→790分
妻→6070分
これを週×4回=月合計と計算するとこうなる。

ここで初めて分かる。
「手伝っているつもり」と「回している現実」の間にある、深い溝。
ただ我が家は、私が夫に頼り下手である事実もある。⸻
家事と育児に“時給”をつけてみる
では、この時間に時給をつけたらどうなるのか。
時給は特別なものを使わない。
夫婦の仕事の合計収入を、
月の労働時間で割るだけ。
つまり、
「この家庭が1時間をどう評価しているか」
その平均値だ。
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ケース①:共働きの場合
• 夫:月手取り50万円
• 妻:月手取り33万円
外の仕事だけを見ると、
収入比は 妻4:夫6。
でも、
仕事+家事+育児を金額に換算すると、
その比率は一気に変わる。
• 家事・育児の“仮想月収入”
夫:約63.8万円
妻:約132.6万円

そして、
仕事+家事+育児をすべて足すと、
妻7:夫3。
ここで初めて、
「なんとなくしんどい」の正体が、
数字として立ち上がってくる。
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ケース②:専業主婦(無収入)の場合
次はよくあるケース。
• 夫:月手取り100万円
• 妻:0円
この瞬間、
社会的には妻の労働価値は「0」になる。
でも、同じ計算をすると――
• 家事・育児の“仮想収入”
夫:約116.7万円
妻:約120.0万円

最も“高収入”なのは、
給与明細を持っていない側だった。
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この計算が暴くもの
この話は、
「妻の方が偉い」と言いたいわけではない。
言いたいのは、ただ一つ。
私たちは、時間を見ずに、お金だけで価値を決めてきた
という事実。
誰がどれだけ稼いでいるか。
ではなく、
誰がどれだけ“人生の時間”を差し出しているか。
そこを見ない限り、
夫婦の不満は、永遠にすれ違う。
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問題は性別ではない
これは「男 vs 女」の話ではない。
役割の話だ。
もし立場が逆なら、
数字も逆になる。
問題なのは、
構造が見えないまま固定されていること。
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最後に
この計算は、
誰かを責めるためのものではない。
話し合うための、
スタート地点だ。
• この配分は、5年後も続けられるか
• お金で補うのか、時間で補うのか
• どこを分担し、どこを手放すのか
答えは家庭ごとに違う。
ただ一つ確かなのは、
見えない労働を、見えないままにしないこと。
これが私の夫婦円満の秘訣。
私は、私の時間の価値をより上げる努力をする。
そして時間の価値を夫婦で共有し続ける。
しかし、これを計算したくなる時は不平等を感じる時。まぁ、こんな日もある。
だから、私は少し今週休みを作ろう。
最後まで読んで頂きありがとうございます。

